
第二章・敦煌之夜
2026-05-14


月牙泉と鳴沙山。正直に言うと、最初はそれほど乗り気ではなかった。「敦煌に行くなら莫高窟に集中したい。時間があるなら、もう一度莫高窟を見に行きたい」。そう思っていたくらいだ。ところが娘にせがまれた。「中国人の友だちが“絶対に行って!”って。すごくきれいなんだって!」。妻も「せっかくだから見ておこうよ」と背中を押す。しぶしぶついて行ったその先で、私は人生でも指折りの感動に出会うことになった。
砂漠に浮かぶ奇跡――月牙泉
市街地から車で20分ほど走ると、風景が一変する。果てしなく続く砂の丘。光を反射して金色に輝く砂の海。その真ん中に、まるで夢のように水が湛えられていた。それが「月牙泉」。文字通り、三日月の形をしたオアシスだ。
風が吹くと湖面にさざ波が立ち、周囲の砂丘とともにゆっくりと揺れる。「どうしてこんな砂漠の真ん中に水が?」と思わず口にすると、現地のガイドさんが誇らしげに説明してくれた。「2,000年以上も枯れたことがない泉です。敦煌の人々にとって、生命の象徴なのです」。娘は夢中で写真を撮っていた。「まるでCGみたい! 本当にここ、砂漠の中なの?」。妻も驚きの声を上げる。「緑も花もあるのね。もっと荒涼としていると思ってた」。砂漠のオアシスという言葉が、これほど現実味を帯びたのは初めてだった。
鳴沙山へ――砂の丘に登る
月牙泉の背後にそびえるのが「鳴沙山」。その名の通り、砂を踏むと“鳴く”山だ。一歩踏み出すたびに、靴の下から「シュウ、シュウ」と低い音がする。細かい砂粒がこすれ合い、不思議な共鳴音を生み出すのだという。観光客の多くはラクダに乗って砂丘の登り口まで来る。私たちも挑戦してみることにした。
「うわ、ラクダってこんなに高いんだ!」と娘が笑う。妻は最初少し怖がっていたが、慣れるとすぐに笑顔に変わった。ラクダの列がゆっくりと砂丘を進む。目の前のラクダの背中が夕陽に染まり、黄金色の行列が砂の波を越えていく。ただ、ラクダの数があまりに多い。後ろを振り返ると、何十頭ものラクダが列をなし、どこまでも続いていた。そして……かなり臭い!「これは想定外だな」と苦笑いすると、娘が「自然の香りだよ」と笑う。
砂漠の丘で見た世界
ラクダから降りて砂漠の山を登っていく。山頂に着くと、視界が広がり、風が吹き抜けた。遠くには敦煌の街の灯り、足元には果てしない砂の海。しばらく一人の時間があり、深呼吸して旅情に浸った。「あー、ついにここまで来たんだな・・・」。学生時代からずっと来たかった敦煌に、いま確かに来ている。私はいま、歴史の中に身を置いている。送り出してくれた同い年の親友に心から感謝した。彼女がいなければ来られなかった・・・。真的非常感谢(本当にありがとう)。
夕陽が沈む直前、砂丘全体が淡いオレンジ色に染まり、その中に月牙泉の水面が銀色に光っていた。あとから追いついてきた娘が息を切らして言った。「ねえパパ、ここから見る景色、世界の果てみたい」。妻がカメラを構えながら笑う。「写真に残すより、心に焼きつけようね」。その言葉に、私は何度もうなずいた。風の音、砂がこすれる音、ラクダの足音。それらが混ざり合って、まるで一つの旋律のように聞こえる。私たちは“砂の音楽”の中にいた。
星降る夜に――砂漠で歌う
夜になると、砂丘のふもとでイベントが始まった。強いライトに照らされ、音楽が流れ、皆が手拍子を打ち始めた。気がつけば、国も言葉も違う人々が同じリズムを刻んでいる。中国の若者グループがギターを弾き出し、「朋友(ポンヨウ)!」という掛け声とともに歌が始まった。大音量が心臓を直接揺らす。周りは大観衆。数万人はいるだろうか。
曲は中国の有名なポップスだったが、途中で聞き覚えのあるメロディが混ざった。なんと、日本の曲だった。思わず口ずさむと、隣にいた中国の青年が笑いながらハーモニーを合わせてくる。妻も娘も手を叩いてリズムを取り、まるでフェスティバルのような熱気だ。
満天の星空の下、国境も言葉も関係なく、人々が音楽でつながっていた。
砂の都に響いた歌声の記憶
ホテルへ戻る車の中、窓の外には星が瞬いていた。砂漠の冷気が心地よい。娘が後部座席でぽつりと言う。「パパ、今夜が一番楽しかった。鳴沙山、また行きたい」。妻もうなづく。「ほんとね。砂漠って、もっと怖いところだと思ってたけど、すごく優しい景色だった」。助手席の私は黙って窓の外を見つめながら思った。「敦煌の旅、本当に来て良かった・・・」。
旅のクライマックス、愛する中国
莫高窟の祈り、夜市の笑顔、砂漠の歌声――それぞれの場面が、まるで一本の糸でつながっている。この街には、時間を超えた“人と人のつながり”が息づいている。帰りの空港で娘が笑いながら言った。「今度はパパ抜きで来るかも。女の子同士で夜市に行ってみたい!女子旅したい!」。妻が笑いながら「あなた抜きでも心配いらないわね」と言う。悔しい反面、私はうれしい気持ちになった。私が愛する中国を、妻も娘も愛してくれるようになった。
《次回予告》
次回はいよいよ最終回。旅を通して感じた「中国旅行の本当の魅力と安心感」を、実践的なヒントとともに紹介します。